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さよなら、襄陽路市場

2006年6月30日夜9時30分、また上海の名物襄陽路市場が姿を消す。ある意味では悪名高き、ある意味では懐古的な上海を象徴するような服飾市場だった。
襄陽路市場が出来る前、上海には華亭路市場があった。実は、このときの閉鎖にも筆者は当サイトに記事を書いている。2000年の話である。
改めてそのころの記事を見てみると、いまの襄陽路市場と同じような社会問題を抱えていたことがよく分かる。あれから6年近くがすぎ、偽物対策など抜本的な是正がなされずに今日まで続けられたことには驚いてしまう。看板を掲げたり、取締りを強化するなどの対策は行われていたようだが、効果はほとんどなかった。

時代も変わってしまった。ちょっとインテリの人なら、襄陽路市場で買い物すること自体が恥ずかしいと思うような市民も出始めている。しかし「それ、どうせ襄陽路だろ?」というちゃかし文句も、これから使えなくなると思うと何か寂しい。
敬遠する上海人が増える一方で、襄陽路を目指す外国人観光客は急増する。最近では偽物を売る呼び込みの店員までが器用に英語や日本語をあやつるようになった。
そういえば、華亭路の全盛期、改革開放が進み外国人がどっと上海にやってくるようになって、露店の「老板」、すなわち店のオーナーたちも英語を勉強するようになった、とマスコミのニュースになった。市民の間では、むしろ、少し偏見の目で彼らをみていたのも確かだった
が。

襄陽路自体、仮設の市場であったことは有名な話であるが、襄陽路市場閉鎖に当局が躍起になったのも、そもそもは偽物商品の氾濫が大きく起因している。また、それを目的にやってくる外国人の客も多く、一説によれば襄陽路市場の店の売り上げの75%は外国人から稼ぎ出しているそうだ。襄陽路の中国語の発音である「シャンヤンルー」いまでは中国語を知らない観光客の間でも、広く知れ渡っている。

英語版など外国語でも書かれた工商局の通知だったが・・・。

バーバーリー?
華亭路市場から襄陽路市場まで
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1984年9月 |
上海ではじめての服飾市場が華亭路に誕生する。多い日では1日平均10万人が訪れたほどの賑わいを見せる。40%が外国人であったようだ。 |
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2000年5月 |
華亭路服飾市場が閉鎖され、襄陽路に移る。 |
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2005年4月 |
上海市工商局が商標保護問題に関する会議を開き、襄陽路の偽物問題が深刻化していることを表明。中国とアメリカとの外交問題にまで取り上げられた。 |
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2006年3月16日 |
襄陽路服飾市場の管理会社が2006年6月30日までに市場を閉鎖することを言明。 |
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2006年6月30日 |
この日、21時30分で襄陽路市場のすべての店舗が営業を終える |
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2006年7月15日 |
この日までに、敷地内のすべての店舗は取り壊され、更地にされる |
襄陽路はどこに行く
襄陽路市場にあった876軒、合わせて2000あまりの小売業者はそれぞれ新しい活路を求めて移転していくことになる。その中でも、華亭路時代から商売を続けている347の小売業者に関しては、優先的に新しい場所を選択する権利が与えられている。
特に重点的に考えられているのは、竜華路2465号・浦東上海科技館地下にある亜太盛匯広場・七浦路聖和聖市場、豫園福民街小商品市場、淮海路佳成服飾礼品商厦などの5箇所で、華亭路時代からの業者が優先的に店を再開できることになる。

七浦路界隈はにぎわってきた
さらに、2006年末までに、建国西路・嘉善路付近の巨大な敷地に「風尚之城」という上海では比較的新しい概念のファッションエリアが登場する。ここでは、国内外から70名前後のデザイナーを集め、消費者は自分の好きなデザイナーを選んで、自分にあった服装をオーダーメードしてもらうというもの。新しいファッションの発展の形式として、徐匯区ではモデル地区にしたいと考えている。その背景には、襄陽路市場のような従来の市場形式の販売形式が、偽物のアジトとなっているだけでなく、一部市民の間では受け入れ難くなっている消費の変化を考慮したものといえよう。
上海では茂名南路や復興路などにおしゃれな個人経営の小さな店が次々とOPENし、上海っ子たちにお気に入りの店として徐々に受け入れられている。偽物を堂々と身に着けていた時代は、徐々に過去のものになりつつあるのもここ最近の変化だろう。
襄陽路の跡地の行方
襄陽路市場の跡地は、7月末までに更地にされることが決まっている。淮海路3号地開発プロジェクトが始動し、跡地には地下鉄10号線、12号線と現在ある1号線が交わる巨大地下鉄ターミナルが建設されることになっている。

これから取り壊しも本格化
さらに、新しい商業エリアとして、再開発される計画が明らかになっている。この襄陽路の跡地に投資、開発することになったのが香港の新鴻基地産で、用地の取得に30億人民元を投入したといわれている。
襄陽路市場エリアは、目抜き通り淮海路に隣接し、かねてから上海の商業用用地としては一等地としての誉れが高い。東側には淮海路の中心地ともいえる陝西南路地下鉄駅があり、「巴黎春天」や「百盛(パークソン)」などの百貨店が軒を連ねている。日系企業では、ソニーのギャラリーがあるのもこのエリアだ。
開発計画では、香港で話題を集めているAPM方式の商業モデルが採用されるとしている。APMとはAMとPMを組み合わせた造語で、従来は夜10時までで閉店することが多かったショッピングモールの営業時間をさらに延長し、娯楽施設もかねあわせた総合施設を作るというものだ。計画建築面積は20万平方メートルとなっている。香港ではすでに九竜地区に2005年に登場し、若者たちの人気を集めている。
さらに徐家匯区では陝西南路から東湖賓館も含めた新しい商業区「東湖商業圏」を作る計画も発表されている。このエリアには、現在も徐々に増えつつある東湖路周辺のカフェ、バーなどの飲食店街を整備し、汾陽路の上海音楽学院周辺の楽器店や音楽カフェなどを融合させて、一体化した商業圏の確立を目指す。古い建築物の保存に力をいれた再開発になる
。(山之内 淳)
(2006年6月)
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