陳逸飛アトリエ跡
田子坊では、2005年にこの世を去った陳逸飛の追悼記念イベントが行われ、ここに拠点をおく外国人アーティストの一人がメッセージノートに中国語で以下のように記した。「陈逸飞走了,泰康路还在,上海还在,我也在。他的精神在(陳逸飛は去ったが、泰康路があり、上海があり、私がいる。彼の精神は健在なのだ)。」 |
田子坊を理解するために避けて通れないアーティスト、それが陳逸飛だ。陳逸飛がいなければ今の田子坊はなかったとも言える。
陳逸飛は海派文化(上海文化)を代表する人物の一人であり、中国文化が転換期を迎えたことを象徴する芸術家の一人だ。1999年8月陳逸飛のアトリエが田子坊でオープンした。翌年、ここで「東方少女」という作品が生まれ、パリの展覧会に出品された。
陳逸飛はここで大型のステンレス彫像「飄」を作り、これは泰康路が文化芸術の街であることを象徴する存在になった。彼は上海の浦東新区にも巨大なオブジェ「日晷」(日時計)を作ったほか、浦東世紀大道の浦東中心緑地に「木、火、土、金、水」という作品も作った。これらはすべて泰康路のアトリエで構想を練ったものだ。
2005年4月、陳逸飛は病気のため亡くなった。陳逸飛は田子坊にすべての情熱を傾け、また田子坊も彼の命の最後の輝きを証明してみせた。陳逸飛アトリエ跡の地図
田子坊の日本人
日本人は田子坊に熱い視線を注いでいる。小さな弄堂にはすでに20余りの日本人経営のショップが立ち並ぶ。 |
外国人の多くは田子坊を上海で事業を始める上でのとっかかりにしようと考えている。ここでショップを開く人は大きく3種類に分けられる。外国人、帰国組みの中国人、そして美女。彼ら自身がここ田子坊の風景にすっかり溶け込んでいる。
田子坊の外国人は上海の文化に惹かれてやってくる一方、自国の文化も持ち込んでくる。日本人も例外ではない。
筆者はここを歩いていたときにも、日本人のショップをいくつも見かけた。「日本人が開いた店は20以上、田子坊には日本人の商工会もあるよ」周さんが教えてくれた。
周さんによれば、日本人が経営する「丹」は田子坊では有名なカフェ。オーナーの丹生谷貴行さんは工学博士で、上海人の妻とともに店を経営している。日本人や中国人のブログなどでもよく紹介されている。カフェ「丹」の地図
田子坊の日本人が開いた店にはほかに和服店、雑貨店、日本料理店、タイレストラン、それからなんと自転車ショップまである。
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日本料理店「器 Meshei」 |
日本人が経営するブティック「ゆらぎ」 |
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自転車屋 |
カフェ「丹」 |
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田子坊の未来
泰康路の今後の計画:「田子坊」という路地→ 「街」に昇格(泰康路上海芸術街) → エリアへ(泰康路、思南路、建国路、瑞金二路アートエリア) |
現在の田子坊はすでに泰康路210弄から248弄、247弄そして155弄まで飛び火している。
2009年末には台湾人の投資で30万平方メートルの日月光中心広場が正式オープンする。泰康路全体に面して、田子坊と道を挟むことになるので、大型の現代建築と石庫門の古い家並みが対照的で独特の文化景観を生み出すだろう。
同様に年末には地下鉄9号線2期工事「打浦橋駅」が日月光中心広場の真ん中に開通する。田子坊から地下鉄の駅まではすぐの距離だ。これで田子坊の交通の問題も解決し、新しい条件のもとで田子坊はまた新しく生まれ変わることになる。




Address |
上海市盧湾区泰康路210弄【GOOGLE地図】
【田子坊の平面地図】 |
| Access |
バス17,236,304到「瑞金二路建国中路」下車
2009年12月地下鉄9号線二期開通後は,「打浦橋」下車 |