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四川大旅行記~後編~


(後 編)   ※「四川大旅行記~前編~」はこちら > >
【“百聞は一見に如かず”の楽山大仏】
 聖地から聖地、世界遺産から世界遺産へ。三日目は峨眉の街から東へ36km、楽山に向かう。40~50分の移動だ。100人乗れる足の甲を持つという楽山大仏。その足元から大仏を見上げると……、想像するだけでも胸が躍る。各サイズをまとめると、次の通りである。

全長: 71m
頭: 直径10m、長さ15m
首: 長さ:3m
耳: 長さ7.5m(耳の穴には大人2人が並んで入れる)
目: 幅3m
指: 長さ8.3m
足: 長さ11m、幅9m(足の甲には100人乗れる)

楽山の街に入り、岷江に架かる橋を渡る。この先に、世界一大きな大仏が待っている。

 数字から、そのスケールをすぐに把握できるだろうか。
 しかも、このような大きさの大仏を1200年前の唐代に90年かけて作ったという。何故だろう。その歴史をひも解くと、その昔、唐代における楽山市は成都周辺で一番大きな港町だったことに遡る。そこから程近い、岷江、青衣江、大渡河の3つの河の合流地点は、商船と客船が行き交っていたのだが、とても流れが速く、水難事故が頻繁に起きていた。そこで、この地点を臨む凌雲山に大仏を作り、事故を鎮めようとしたわけだ。大仏が出来て以来、不思議と水難事故は起きなくなったらしい。仏の力のお陰なのか、凌雲山から削られた大量の岩石が河の流れを緩やかに変えたためなのか。
   多くの戦火、文化大革命など、時代の波を乗り越えて、いまなお、現存していることも神秘的である。建立当時、大仏は全体を守るように楼閣に囲まれていたということ、大仏の体に巧みに排水路を設計していること、どの場所の修復作業でもしやすいように大仏の体全体に沿うように彫った岩壁とのあいだに、階段を作ったことなど、周到な風化防止対策の賜物かもしれないが。見た目も、費やされた年月も、完成から現在まで続いている時間すべてに、スケールの大きさを感じてしまう。

 さて、“百聞”はこの辺まで。楽山の街に入り、岷江に架かる橋を渡れば、大仏は、もう、すぐそこだ。

★ ★ ★

遊覧船の乗り場の様子。焦って階段を踏み外さないよう、落ち着いて乗船しよう!

 まずは船に乗り、河の上から楽山大仏を正面から拝むことにした。晴れてはいるが、少し靄がかかっている。河岸に広がる草むらには、たくさんの紋白蝶が舞っている。河上を行くのもいる。まるで、聖なる世界への水先案内人のようだ。
 ほどなく大仏が鎮座する両脇の岩肌が見えてきた。足先、足、指と徐々に見え始め、いよいよ全体を把握する。息を呑む。言葉の代わりに、涙が出る。船上ガイドが、きっと毎日何度も繰り返しているであろう、紋切り型の大仏話が遠くの方から聞こえてくる。大仏の頭上からは光が差し込み、後光のように見えてくる。見つめれば見つめるほど、今にも立ち上がりそうな雰囲気だ。その存在感は、とてもリアルで生々しい。

この岩肌の向こうに大仏が見えるというのだが……あっ! 手元が見えてきた。

いよいよ体が見えてきた。なんという大きさ!!

世界最大。そのスケールに圧倒!足元に見える小さな点が人。

 感動をそのまま携え、次は、山沿いの道を歩く。至近距離で、さまざまな角度から大仏を眺めるのだ。15~20分ほど歩くと、山頂に着く。そこはちょうど大仏の頭部の真横が見える高さなのだが、あまりの大混雑で迷子になりそうだ。この行列の人々は、大仏が刻まれた岩のあいだの階段で、頭部から足元へ下っていくコースを辿る。休日ともなると5~6時間は並ぶという。
 大仏の頭部は、人々の頭の向こうに見える。人を掻き分け、前へ進むと、そのすべてが見えた。頭の大きさ、耳の長さなど、どれも数字だけではピンとこなかったあらゆるパーツを間近に見て、さらに圧倒。一度見たら、視線を外すことができず、その場を動くことが出来ない。大仏と同じ目線になる位置から、今はゆったり流れる河、河岸の向こう側に続く街の景色を眺め、1200年という膨大な時間に思いを馳せた。
 “百聞は一見に如かず”とは、まさにこのこと。“一見”した後は、何故か、清々しい気持ちでいっぱいになった。

本当の世界一といわれているのが、河の上から凌雲山周辺一体をひと続きにしたとき見えてくる、この涅槃像。右から頭、胴体という具合。

赤土の目立つ山肌に沿って、細い道を歩き、凌雲山山頂へ向かう。

ゴミ箱にも一工夫。息切れしそうな山道で、ふっと笑みもこぼれる。途中、いくつか見所も用意されている。

凌雲山山頂は人、人、人、人、人! 人の頭の向こうに大仏の頭がわずかに見える。この時期、行列に並ぶときは扇子が必須だ。

ついに、大仏様の顔を間近で拝む。視線は釘付けだ。

大仏様の目線から見える、ゆったりとした河の流れ。


【世界の宝“熊猫”の底力に感服】
 そもそも、パンダを見るのは、そう簡単なことではない。
何故なら、パンダはどこの動物園でも園内一の人気者。だから、行列に並ばない限り、まず見られない。仮にも、行列に並ばず、ラッキーなことに、すんなりいったとしても、ご対面のガラスには就寝中のカーテンが掛かっているかもしれない。もしくは、こちらに背をむけ、丸まって寝ていて、その愛くるしい顔ではなく、大きなサッカーボールを拝むだけとなるのがオチだ。 そんな事態を避けるべく、朝一番で駆けつけて、彼らが一番活動している食事どきを狙ったとしても、同じことを考える人はひとりやふたりではない。これまた、人だかりの山。背伸びしたり、飛び跳ねてみたところで、人の頭の向こうに見えるのは、笹の塊のなかに埋もれ、動いているのに、姿がはっきりしないパンダの姿である。
 ならば、最終手段。それらをすべてクリアして、確実に彼らと対面するには、舗装されていない険しい山道を、ガタガタ、ブルブル、上下左右に揺られながら、片道4時間のバス移動に耐えるしかない。 パンダに謁見することは容易でない。

 旅もいよいよ終盤戦。成都から臥龍パンダ繁殖センターへの道すがら、バスに揺られて、そんなことを考えていた。今回の旅の本命は、世界遺産である。しかし、本命ではないパンダ基地へは、片道4時間のところを日帰りしなければならない。前夜、ガイドさんから告げられたのは、計らずも予想外の展開で、ツアー客の全員が愕然としたほどだった。
 そんな前置きがあって、今日という一日が始まっていた。

★ ★ ★


山道の田園風景。このあたりではキャベツも栽培されている。蜂蜜の産地でもある。

ハンドル操作を一瞬でも誤るものなら、奈落の底に落ちてしまいそうな、細くて不安定な山道が続く。昨日も眺めた岷江だが、今日は川幅の狭まった上流の横を行く。中国西部大開発の十大プロジェクトのひとつである、四川紫坪埔ダムを右手に望みながらバスは走る。左側通行ならいいのだが、中国は右側通行だ。最深156m、貯水量11億立方メートルが可能で、貯水池の調節容量8億立方メートルといわれるダムは車窓の真下に見える。年末にもダムは完成の予定で、まだまだ水かさは増えると話すガイドさんの声も上の空。見たいようで、見たくない。高所恐怖症の人も、ダム恐怖症の人も遠慮したほうが精神的にはよさそうだ。

 そして、揺れが落ち着いた。中国式トイレの時間である。その惨状(戦場?)は、この数日間で経験済みだったけれど、ここは山奥。元祖のお出ましだ。
 ちょっとお行儀の悪い話だが、元祖・中国式トイレでは、溝をまたいで用を足す。ひとつひとつにドアはなく、腰下の高さのツイタテで、隣の人と仕切られているのみの形。いくら同性同士でも、目の前で、バッと、スカートをめくり上げたりなどという他人様の姿を見るのは、さすがに抵抗がある。もちろん、順番は自分にも回ってくるのだけど。いっそのこと、繁みの中で“青空”志願してしまいそうな気分にもなる。ここでは、意を決して臨み、戦いの後は、すっきり、ではなくて、すぐに記憶を消去するのが賢明。感情を捨て、機械的にやり過ごすのがうまく乗り切るコツだ。
 「どうでした?」「ものすごい!」という女性ツアー客同士の問答は、戦場に臨む前の合言葉。そんなことを繰り返しているうちに、何かを制した気分にもなる。といっても、パンダはまだまだ制していない。

 片側一車線通行なのに、お馴染みになった、抜きつ抜かれつの運転が続く。途中、道幅が狭いため、一車線になっている道では大渋滞も起きる。おまけに雨が降り始め、土砂崩れが起こりそうな予感。ガタガタ、ブルブル、ドキドキ、ワクワク。色々な音が、耳からも心の中からも聞こえた頃、ようやく臥龍パンダ繁殖センターに到着した。

頼りなげな橋を自転車で渡る少年。まるで映画のワンシーンだ。

これが元祖・中国式トイレの外観。日本の女性にとっては“戦場”だ。


★ ★ ★


門をくぐると早速、パンダがお出迎え。いよいよご対面だ。臥龍パンダ繁殖センターには、臥龍山荘という宿泊施設もある。

緑は深く、空気は濃くて甘くて瑞々しい。雨水で潤いを増した笹が生い茂った山が、四方八方から迫りくる。繁殖センター周辺は、1963年以来、臥龍パンダ自然保護区に指定されたパンダの聖域だ。この地域に暮らす野生のパンダは150頭ほど。熱心に保護活動がされているとはいえ、現在、野生のパンダは全部で800頭しかいないという。
 臥龍パンダ繁殖センターは、パンダの絶滅を阻止するため、保護を目的として1980年に建てられた世界最大のパンダの研究施設で、現在は80頭ほどのパンダが飼育されている。

 傘を差し、長い通路を抜けると、笹山と地続きになった緑の丘の上をパンダがゆったりと歩いている姿が見えた。それまで、ダラリとしていた人々の歩調は早まり、大人も子供も小走りになる。

 大自然を背景に、自然にふるまうパンダたち。人間でいう思春期でお年頃のパンダたちは、お気に入りの台の場所取りで、取っ組み合いのけんかを始めている。その向こうでは、切株に、ひとり座ってぼんやり考え事をしているように見えるパンダもいる。地べたに座り込んで両手に笹を抱えながら食べているパンダもいる。パンダは歩くより先に木登りから始めるともいわれているのだが、小パンダたちはというと、あちらこちらの木の柱の上で、重なり合って眠っている。眠るものにちょっかいを出しているものもいる。
   愛くるしい表情に誰もがみなカメラを向け、雨脚が激しくなってきたのもお構いなしだ。その一挙手一投足に、いちいち反応してしまう。大の大人がパンダにはしゃぐなんて恥ずかしい、なんて言っていられない。

大自然を背景に、木の柱の上では小パンダたちが眠ったり、ちょっかいを出したり。この愛くるしい表情をご覧あれ!

緑の丘の上を歩くパンダもいれば、個室で食事に耽るパンダもいる。パンダは腸が短いため、十分な栄養を吸収するためには、たくさんの食事量が必要だ。

 ところが、ツアー旅行のさだめである。時間がきたら、ここを離れなければならない。雨が激しくなればなるほど、土砂災害の可能性も高くなることもあり、早々にこの場を発たなければならない。名残惜しくてたまらないけれど、パンダの時間はおしまいだ。謁見時間は30分。価値あるこの30分は、きっと一生の思い出に匹敵するはずだ。誰もに幸せな気持ちを与えてくれる“熊猫”(パンダ)には、全く、感服の至り。厳しい復路は少しも気にならず、ほっこりと温まった気持ちのまま、一路、臥龍から成都へと戻った。


【おわりに】
 楽山大仏が見たい。
 峨眉山からの眺めを体験したい。
 一度は世界最大のパンダ基地を訪れてみたい。
そんな好奇心から、心構えのひとつもなく、気軽に参加してしまった今回の中国国内旅行。初心者にしては、いきなり飛び級してしまったディープな旅だったようだが、どれも忘れがたい素晴らしい体験となった。
 好奇心は冒険心にもつながり、楽しむ気持ちは、周りの人にも連鎖する。そんな旅の醍醐味を十分に味わえば、あらたな好奇心も再び湧いてくる。地図を広げて、次はどこへ行こうかと悩む日々が始まりそうだ。

写真・文:石川リエ

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