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前回の氷雪大世界の時、元々日中の取材を予定していたところが夜のみになってしまったので、その空いた時間を利用して街の様子をウォッチングしてきた。
ハルビンは街そのものが氷点下20度前後の極寒の状態となっており、何も祭りの会場だけがハルビン氷祭りというわけではなく、町全体で寒い冬を盛り上げているという感じとなっている。
特にハルビンの鉄道駅から見て北側に位置する、スターリン広場を中心とした松花江沿いのエリアは市民のための憩いの場となっており、そこから南にまっすぐ伸びる中央大街とともに文字通りハルビンの中心となる最もにぎやかなエリアである。 今回はハルビン氷祭りの番外編として、そんな街の様子をレポートします。
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| 中央大街入り口のゲート |
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中央大街上にあった彫刻 |
ハルビンは日本のお陰で発展??
ハルビンの町を知る上で、歴史を紐解くと実はこの町は日中露の3ヶ国の歴史的な狭間の上に成立してきたことに気づかされる。
町そのものはかなり古くからあったとされるが、大きく発展したのはロシアによる東清鉄道の建設が始まってからである。
実はこの東清鉄道が建設されるきっかけというのが、日清戦争に勝利した日本が遼東半島の割譲を要求したのに対して、ロシア・ドイツ・フランスの欧州三国が干渉してきて止めさせたという、いわゆる三国干渉の見返りとしてロシアが清国に太平洋へのショートカットとして敷設を認めさせたのがこの東清鉄道であった。つまり間接的ながら日本がこのハルビンの町の発展のきっかけを与えた形となっている。
その結果、鉄道の建設開始以降白系ロシア人が多く住む町となり一時的にロシア人の自治機構が生まれるなど、ロシア色の濃い町となる。現在ハルビンにロシア風の建物が多いのはそのころの影響が非常に大きい。
しかし、その後に日露戦争や満州事変を経て満州国による間接的な日本の支配が強まる時代を迎えることになる。そして第二次世界大戦のロシア軍によるシベリア侵攻などにより日本は敗戦で終戦し、ハルビンは再び中国の町となった。このロシア軍の進軍は時のロシアの政治家スターリンの指示によるものであった。
つまり現在のハルビンの市民から見れば、このスターリンという人物は満州国の支配から人民を解放してくれた英雄という位置づけになり、それ故この街を救った意味合いとして洪防記念塔とともにこの地に称えられて名を残すのである。
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| スターリン広場に立つ洪防記念塔 |
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記念写真コーナー |
スターリン広場は市民の遊び場
さて現在の市民や観光客はそんな歴史を知ってかしらずか、今スターリン広場は平和な市民の広場として利用されている。
このスターリン広場の北側の松花江の河川敷は、冬場はスケートリンクや氷の滑り台が用意され市民のための遊園地といった雰囲気で遊戯広場が数多く設置されている。
河川敷なので当然のことながら入場料は必要ない。
さらにスケート場など広場そのものは無料で解放されていて、椅子付のスケート靴やそりのレンタルが有料になっている。保証金は取られるが、同じもので遊んでいる限り時間は無制限で利用できるようだ。
これらの業者は「氷刀」(bing1dao1)と声を出して客を呼びこんでいる。スケート=滑氷(hua2bing1)でも通じるがこちらでは靴のことを指す氷刀のほうが伝わりやすいようだ。
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| 滑り台の入り口 |
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かなりスピードが出る。 |
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| 大勢の市民が繰り出している |
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三輪車ならぬ子供用スケートそり |
椅子のような補助器具も一緒に借りられるので慣れない初心者は一緒に借りている。
またハルビンではすっかりおなじみになった氷の滑り台は、ここにも当然存在し、直接お尻で滑るものとタイヤに乗って滑るものがあった。
どちらも有料だが、直接滑るほうは一回あたりの料金で、タイヤのほうは時間制となっていた。
第一回の記事で書いたとおりこの場所から太陽島までは松花江を歩いて渡ることができるし、凍った川の上を走ってくれる馬ぞりもある。
また犬がそりを引く犬ぞりもあり、温暖な地では見られることのない北国ならではの風物詩であろう。
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| お馬さんはお昼ご飯中でした。 |
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犬も出番待ちで寝ていました。 |
ハルビンの街のこういった遊戯施設を見ていると、-20度を超えるような非常に寒い環境にあっても、いろんな自然や道具を工夫して「遊ぶ」という心を忘れず楽しんでいる姿に北国の人々のたくましさを感じる。
ただどれも楽しい遊戯であるが、入場料無料とはいえ、あれもこれもと遊んでしまうと結構な出費になりそうなのは遊園地としてはどこも同じことのようである。
市民の文化の中心でもある
さて、今度はスターリン広場の南側に目を向けてみると、広場の隣にに映画館が存在し、そのさらに裏側に外資スーパーのウォルマートが存在する。つまりここは観光客ではなく市民にとっての商業的文化の中心になっていることが分かる。
ここから鉄道駅の方角に向かってまっすぐ南にむかっているのが中央大街である。
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| 全国チェーンの映画館 |
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時計台の付いているバス停 |
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| 中央大街とスターリン広場を結ぶ地下道 |
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地下道の中もかなり重厚なイメージのつくり |
中央大街はファッションの中心
中央大街は場所柄、観光客は確かに多いが観光客のみならず地元の若い人々がファッションを求めて集まるおしゃれな街でもある。特にロシア系の建物の残る雰囲気は欧州の文化を感じさせる面があり、あわせて並び立つモダンなショッピングモール内のブランドショップなどを含めてこの地に住むロシア系の白人への憧れとともに若い人の流行の中心地になっているようだ。
ロシア料理を名物にしたカフェレストランやロシア土産を扱う店も多数存在し、この通り独特の異国情緒を盛り上げている。
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| 19世紀開業のモデルンホテル |
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現代的なショッピングモール |
中には「北海道奶茶(ミルク紅茶)」と北海道を名に冠した飲料も売っていた。こんな北の地のハルビンでも日本の北海道というブランドは名高いのだなぁと思いつつ。
ちょうど体も冷えてきて温かいものが欲しかったときなので面白がって買ってみた。柔らかくやさしい甘さだったのが印象的であった。
通りは歩行者天国となっていて車の通行は禁止されており、中央部には数十メートルおきに、氷像が並べられ、氷祭りの会場に行かなくてもこの街で氷祭りが実施されていることを教えてくれる。
今回は取材に伺わなかったが虎の見られる虎園が市内にあり、そこの虎を題材にした写真コンクールをも行われていた。
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| ロシア風喫茶店 |
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中央大街の真ん中にも氷像が並ぶ |
夜はライトアップが美しい
夜になると、空にサーチライトが飛び交い、中央大街に設置された氷像がライトアップされはじめた。氷像だけではなく、通りの両側の建物もライトアップが施されている。空気はいよいよ冷え込むが、雰囲気は逆に華やかさを増していく。
ところでこの通り沿いに日本料理店も2軒ほど発見した。物珍しさが手伝って試してみたい衝動に駆られたが、まあこの地まで来てわざわざ日本料理を食べることもなかろうと考え他を探すことにした。
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| 遠くにサーチライトが飛び交う |
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通りの氷像も輝いている |
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| ラーメン屋があった |
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日本料理店もある。 |
ロシア料理に挑戦
この日の夕飯は創業1901年という老舗のカフェレストランでロシア料理のシチューをいただいた。味が濃くて温かかくてさすが寒さに耐える北国の料理だという感じだった。ただサービスはさすがに欧州風といかず中国風であって残念だったのだが店内装飾にアンティークな魅力がいっぱいのお店であった。
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| ロシア風羊肉のシチュー |
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アンティークな装飾の店内 |
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| カフェレストランの入り口 |
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中央大街の温度計、-18度だった。 |
食事を終えて外へ出ると温度計が-18度をさしていた。この夜はハルビンにとってはそれほど寒い夜ではないようだったが、観光客にとっては十分な寒さである。
しかしこんなに寒いとはいえ、この取材中辛いという意識はほとんど感じなかった。できることなら、またこの寒い街を訪れたいと感じた。
そんな思いにさせる魅力がこのハルビンの街にはある。
(終わり)
<<前回は氷雪大世界。
(2010年1月記)
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