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四川大旅行記~前編~

【はじめに】
 上海から飛行機で西へ2時間半。四川省の中心地、成都がある。チベットへの入口、数々の名勝へ誘う経由地点であり、その行き先は、世界遺産の楽山大仏、仏教徒の聖地峨眉山、世界の人気者パンダの繁殖センター、そして最近日本で知名度が高まりつつある九賽溝・黄龍などさまざまだ。
 さて、今回の成都から始まる4泊5日の旅。行き先は、楽山大仏、峨眉山、パンダセンターの3つである。個人的には初めての中国国内旅行。言葉にも土地にも明るくないということで、日本人対象のバスツアーに参加した。何かと安心、何かと頼れるという状況と、限られた時間のなかではあったが、次々と押し寄せるカルチャーショックと大感動の繰り返しのお陰で、思い切りディープな中国を体感できた。
 そのなかから、印象に残ったいくつかの体験を、前・後編に分け、紹介したいと思う。


●目 次
(前 編)
【はじめの一歩は、成都から】
【民族大集合の聖地、峨眉山】

(後 編)
【“百聞は一見に如かず”の楽山大仏】
【世界の宝“熊猫”の底力に感服】


(前 編)
【はじめの一歩は、成都から】

成都市内の様子。マンションやビルが立ち並ぶが、上海ほど高層ではない。

中国南西部にある四川省の玄関口、成都空港。ムッとした熱気とお香の匂いが漂い、異国情緒を盛り立てる。成都は5月にして湿度も高く、気温は30℃近くまで上昇する。亜熱帯性気候に属し、寒暖の差が激しく、夏は高温多湿、冬は霧が立ち込め、日照時間が短いという独特の風土だ。
 街の歴史は古く、紀元前221年に秦が中国統一するより以前に出来た都市。中国の歴代王朝のなかでも最も華やかといわれる唐代に、中国全土における商業の中心地として栄え、杜甫や李白を輩出した地である。現在、市内には、広い道路をクルマ、自転車、人力車が行き交い、集合住宅が立ち並んではいるが、悠久の時間の流れを感じさせる建物や、雰囲気のある茶館が今も残り、古き良き時代の中国を感じられるのが特徴だ。

路上ではパイナップルの切り売り屋台などが並ぶ。辛いもののあとにちょうどいい甘さだ。

街中での結婚式の様子。主役の乗る車を前を走る車から撮影の真っ最中。

 
パンダの街というだけあって、街を走るタクシーにはパンダのマークが入っている。中央分離帯のフェンスにもパンダの絵が!(ちなみに、楽山市内のタクシーには大仏、峨眉市内のタクシーにはサルのマークが入っている)


 また、この街では、四川料理でお馴染みの麻婆豆腐に痺れるもよし、世界の宝で人気者のパンダにうっとりするのもよし、目にもとまらぬ早業で次々と表情が変わる川劇の「変臉(ヘンレン)」の妙技に唸るもよし、猫顔で色白の成都美人探しに不夜城を攻めるもよし。成都は、いくつもの顔を持つ魅力的な街でもある。

市内中心から程近いところにある成都熊猫(パンダ)基地は、竹を食む音が聴けるほど間近でパンダが見られる人気のスポットだ。基地に向かう道は“熊猫大道”と名付けられ、その途中にある小学校の名前はなんと“熊猫路小学”という。そんなところも要チェック!

早業で次々と表情が変わる川劇の「変臉(ヘンレン)」の妙技は、四川省最後の謎と言われ、中国の国家機密に指定されている。ビデオに収めて研究しても解明は難しいらしい。


ちなみにこれが上海航空の機内食。アンパン、チョコマフィン、りんごチップ、干し梅、キットカット、ピスタチオが詰まった、華流おやつ&おつまみセット。これで、一気に遠足気分!?


★ ★ ★

 空港からバスで一時間。まず、最初に向かったのは、麻婆豆腐発祥の地「陳麻婆豆腐店」だ。
 四川料理といえば、唐辛子の辛さの辣(ラー)と、山椒の痺れを効かせ麻(マー)である。12人掛けの円卓に次々と運ばれてくる料理は、どの皿も赤い破片と薄茶色の粉がたっぷり。見るからに辛そうだ。といっても、四川料理は辛いだけが売りではない。「食は広州、味は四川にあり」とよく言われるが、その味は全部で7つ。先のふたつに加え、

(スワン:すっぱい味)
(シェン:まろやかな塩味)
(ティエン:コクを出す甘い味)
(シャン:食欲を増進させる香り)
(クゥ:香辛料の苦味)

がある。もともと四川は、内陸に位置する地域のため、保存のきく唐辛子や香辛料がこのように発達したといわれる。それらを効かせた料理のなかには、日本でのお馴染みの、棒々鶏、回鍋肉、魚香肉絲、熱々の五目あんかけをかけてジューッという音が楽しめるおこげ料理といったメニューも満載だ。
 料理でいっぱいになった円卓を囲み、ほほ骨あたりに薄っすら汗をかきながら舌鼓。どれもこれも本場の味。食が進み、酔いも回って、気分は絶好調。そこへ、大本命の元祖麻婆豆腐が登場した。プルプル揺れる豆腐とたっぷりかかった麻婆のタレ。ここから世界中に広まったのかと思うと、感慨もひとしおだ。同じツアー客からは、どよめきが起き、拍手が鳴った。ところが……、ひと口入れた瞬間、ノックアウト。ご飯が進むどころか、むせるような辣、麻で全身の毛穴が開き、喉元過ぎても忘れられない。
 さらに、仕上げは、ゴマだけじゃない麻辣のガッツリ効いた坦々麺。ヒリヒリ、チクチク、痺れた感覚はホテルに戻るまで続き、初日にして強烈な洗礼だ。
 はてさて、これから4日間、どうなることやら。

ここが麻婆豆腐発祥の地「陳麻婆豆腐店」。思ったほど派手な構えではないため、うっかりすると見逃してしまいそう。店内ではレトルトパックになった麻婆豆腐も販売(20元)。成都市内スーパーや空港でも手に入る。お土産によし、食卓で味を再現するもよし。

美しい写真ではないが、坦々麺はかき混ぜても、真っ赤。辛いもの好きにはたまらない色。


【民族大集合の聖地、峨眉山】
 二日目。朝から強い日差しが照りつける。亜熱帯性気候のせいか、成都の楊樹(プラタナス)は、上海に比べて、幹の太さが2~3倍、高さは1.5倍もある。大きく成長した楊樹が両側に連なる道では、日差しが遮られ、道を進む様子は、まるで、木のトンネルをくぐっているかのようだ。
 街の中心部から市街地を抜け、高速に乗る。いよいよ、峨眉の街まで南西方面へ140kmの移動だ。車窓から見えるのは、どこまでも続く緑の平原。菜種の収穫作業に勤しむ農家の人々。刈り取られた菜種の束が規則正しく並んだ畑。段々になった茶畑。どれも中国の田園風景である。しかし、日本のとは異なり、視線の先には山が無い。薄靄のかかった平原の向こうには、きっと、このままどこまでも中国の大地が広がっている。そして、その先の山を越えたら、民族衣装をまとった人々がいるかもしれない……。
 想像力を掻き立てられながら、うとうとと、夢の中へ。もうひとつの旅も始まった。そのあいだにもバスは走り続け、峨眉の街へ近づいていく。

★ ★ ★


 夢の中の小さな旅が終わる頃、峨眉山への入り口である報国寺に到着した。 通常2日かかるという登山だが、私たちは、大幅にショートカットし、報国寺から違うバスに乗り換え、峨眉山雷洞坪へ向かい、そこから約30分歩いて、山頂行きのロープウエイに乗る。
 バスは整備された片側一車線の山道をズンズン走る。景色を眺めるため駐車している車を避けながら、さらには、対向車と正面衝突しないため、大音量のクラクションでアピールしながら突っ走る。しかし、1時間走り続けても、まだ目的地には着かず、眼下に見える山の数が増えていく。さすが3000m級の山。箱根のワインディング・ロードを走るのとは、わけが違う。バスを乗り継いでから2時間ほどすると、路上駐車のクルマが列をなしてきた。駐車場が混んでいるのを見越し、目的地手前で停めたる人たちが多いのだ。峨眉山雷洞坪に到着したようだ。

 峨眉山は、仏教の四大名山で、標高3099mの最高峰である。その険しい道のりには道教の宮観や隠遁所が数多くあった山で、6世紀、仏教徒によって普賢菩薩の聖地とされた。道教の開祖、老子はかつてこの山に住んだともいわれている。7世紀には唐代の詩人李白が、漢詩「登峨眉山」や「峨眉山月歌」などを歌ったことも有名だ。また、『三国志演義』では左慈がこの山で修行をしたと記され、『西遊記』では孫悟空がこの山の下敷きになってしまうという話もある。日本文学においては芥川龍之介『杜子春』で、主人公・杜子春が鉄冠子という仙人と共にこの山に降り立ち、ここで起きた出来事が物語の要にもなっている。
 峨眉山という存在は、霊峰の象徴として、さまざまな物語を喚起するようだ。

 息を切らしながら、山頂行きのロープウエイ乗り場にやっと着いたが、ここから見上げても、頂は雲の上。まだ目にすることは出来ない。大混雑している行列に加わり、周りを見渡してみると、アジア人でも、さまざまな顔つきや体格の人がいるのが面白い。頭が平らで小柄な夫婦、余所行き服におめかしした子供連れの家族、私たちのようにカジュアルな軽装の人もいれば、鮮やかな民族衣装に身を包む人もいる。チベット方面からなのか、民族衣装を着た三つ編みの女性は、口を一文字に結び、力強い眼差しで前を見つめて並んでいる。日焼けした顔には、深く皺が刻まれている。
 観光客も巡礼者も、ここではひとまとめ。アジア全土から民族が大集合といった具合だ。

  

ロープウエイ乗り場までの道のりには、土産物屋さん、お茶屋さん、漢方の材料などを売る店がある。途中、岩肌の向こうの山を眺めながら、ひたすら階段を30分登り続ける。体力に自身のない人にはカゴで運んでくれるサービスもある。急いでのぼると、酸欠になってしまうので、焦らずゆっくりのぼるのがいい。因みに、山頂では携帯用酸素ボンベが売られ、薬局・医務室もある。

 ロープウエイから山頂に降り立った。少し肌寒く、空気も薄い。山頂付近は一年の半分以上が雲に覆われているというが、この日は快晴で、360度見渡す限り雲海が広がっている。切り立つ岩肌近くの頼りなげな柵に近づき、見下ろすと、そこには、靄に包まれた山々の稜線がいくつも連なっている。場所によって気候が異なり、ひとつの山自体に四季がある峨眉山には、樹齢1000年を越す古木が一万本以上あり、世界に誇る名花や野生動物が数多く生息しているといわれる。1000年以上前からいるといわれる峨眉山サルも有名だ。

峨眉山の野生サルは有名。ヌイグルミがお土産として売店に並び、ここではマスコット的存在。山頂の売店も、この通り。ずらりとサルのヌイグルミが並ぶ。

切り立つ岩肌の向こうの一面の雲海は、壮麗にして偉大な風景だ。写真右上が金頂。1996年、峨眉山は世界文化遺産と自然遺産に登録された。

 そして、ここでは神秘的な体験もできるらしい。ひとつは、雨や雪が止んだ後の夕暮れ時。夕陽が雲海を照らすと五色の環が見え、その場に居合わせた人々の影を、環の中に一緒に映し出す。人々が動くと映し出されたその影も動くという現象が起こるという。
 もうひとつは、朝のご来光を拝む時。七色に輝く雲海が見えるという。靄に陽の光が当たると、照り返って虹のように輝くのだ。自然現象とはいえ、かつて、それに魅せられた巡礼者たちは、この光の中へ身を投じたこともあったという。
 そんな逸話を思い出しながら、この壮麗な眺めに思いを馳せた。すると突然、冷気が下から吹きあげてきた。標高3000mを越すところに立っていることを知らされ、たちまち、身がすくんだ。

 金頂仏殿では、たくさんの線香が焚かれ、辺り一帯にその匂いが漂っている。中国人の信仰では香が重要な意味を持つという。わずかに陽の光が差し込む仏殿内では、ひざまずき、熱心に祈りを捧げる人々がいる。伝統としきたりを重んじた、変わらない時間が流れている。
 たとえ巡礼者でなくとも、ここにいると神聖な場に対する厳粛な気持ちが湧いてくる。しかし、その傍らで、岩肌を背景に記念写真を撮る人々もいる。絶景を求めてこの山を訪れる者もいれば、積もる思いでこの山へ巡礼する者もいる。
 聖と俗が入り混じった現代の聖地の姿を目の当たりにした。

(「四川大旅行記~後編~」に続く)


果敢にも岩肌の上で記念撮影をする人々も多い。金頂仏殿で祈りを捧げる巡礼者とは対照的なこの風景。聖と俗が入り混じる現代の聖地の姿だ。

澄んだ空に、突き刺さるような存在感の金の普賢菩薩。最近、再建されたばかりだ。


写真・文:石川リエ

後編はこちら > >



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