◆北新疆カナス湖への旅 第二章◆
-- マイナス20℃の経験 --
崑崙賓館
小生の新疆ウイグル自治区への旅は今回で8回目である。最初に訪問したのは1982年12月で、ウルムチでの日本のトラックメーカーの技術交流に通訳として参加した時である。小生が貿易商社で車両の中国輸出を担当していた頃、積載量15トンのディーゼルトラック200台を中国の貿易公司を経由し輸出した が、輸出して間もなく顧客から『エンジンがかからない』とのクレームを受け、『そんな馬鹿なことは無い』、顧客側は『信じないなら一番寒い冬に現場へ着て 欲しい』と言う事で行き先が告げられたのが北京から約4000ｋｍ離れた新疆ウイグル自治区のウルムチ市であった。
顧客はウルムチより更に340ｋｍ東北 の石油の産地で有名なクラマイの石油勘探公司傘下の輸送公司であった。当時新疆を仕事で訪問する外国人は非常に少なく、もちろん観光もまだ認可されていな かった。そんな時代にしかも中国の西北の端新疆、冬の平均気温が-10℃以下の所へ来いと言われ戸惑いがなかったかと言えば嘘になる。自動車メーカーの技 術者4名と小生の5名はウルムチ飛行場に降り立ち、顧客の迎えてくれた車で市内に入ったが、街路樹のプラタナスは葉が枯れ落ち幹と枝だけが空高く聳え立っており、新しい建物は少なく当時の北京と比較すると相当に立ち遅れた薄暗い感じのする都市だった。
ただ街にはこれまで見てきた漢民族とは違う欧州人に近い 顔の、派手な色彩の民族衣装を着たウイグル族など少数民族が行き交い中国とは別の異国に来たのだ、更に羊の動物の臭いが立ちこめる街というのがウルムチの 第一印象であった。案内された宿泊先はホテルではなく顧客の招待所であった。その当時はホテルがまだ発達してなく大きな「単位」（会社と言ってよい）は自 前の宿泊設備を所有していた。最初我々は招待所に案内された時、酷く冷遇されたと思ったが実際はそうではなった。当時ウルムチで外国人を受け入れられる唯 一のホテル「崑崙賓館」があったが、食事が清真（イスラム）式の為、豚肉を使わない羊肉などが主なので日本人の口に合わないだろうとの顧客の暖かい配慮か ら、我々5人の為わざわざ山東省から漢民族のコックを招待所に呼び寄せ接待してくれたのであった。そのお陰で食事は三食全く問題なく美味しく食べる事が出 来た。ただし一度だけウイグル族の自治区対外貿易局長から夕食を招待された時はウイグル料理であった。羊一匹の丸焼き、羊の脳味噌の茹でたもの等それまで 食べた経験が無い珍しい驚く料理が沢山出され全て美味しく食べられた。
しかし料理の最後に『抓飯』（ジュアファン、箸を使わず手で掴んで食べるご飯）と言 う羊肉と人参を羊の油で炒めたチャーハンが出て来た。局長から「これはウイグル人の一番ポピュラーな主食です」と熱心に勧められ一箸口に入れたが、羊の油 の性か何と言うか羊の独特の生臭い匂いがきつく「ウエット」吐き出しそうになり、ゲテモノに強い小生でも流石が食べられなかった。しかし局長の手前吐き出 すことも出来ず眼をつぶってやっと呑み見込んだ。それ以来『抓飯』と聞くと絶対手を出さなかった。それから十数年経ってまたウルムチを訪れる機会があり 『抓飯』に出くわし、昔の『抓飯』の呪縛に恐れながら口にしたが「なんとも無い」美味しく食べられた。82年の時の『抓飯』は何だったのだろうか、料理法 が変わったのか当時の油が悪かったのか小生の中国生活が慣れたのかいまだ解明出来ていない。
さてトラックのクレーム問題はメーカーが提供した中国輸出カタログに『どんな気候条件下でも一発でエンジンがかかるトラック』と書いてあり、顧客はカタログ 通りトラックを車庫にではなく氷点下30℃にもなる露天に（我々も実際に氷点下20℃を体験）駐車させており、早朝エンジンがかからないというのが実態で あった。これにはトラックメーカーの技術者も唖然と開いた口がふさがらなかった。カタログの内容は日本向けのもの（一番寒い北海道でも冬場は車庫に保管し ているので精々氷点下5℃位を想定）をそのまま中国語訳したもので、新疆の様な酷寒な気候条件しかも露天で保管している中国事情への配慮が足らなかった事 から来る誤解ということが分かった。
普通のディーゼルエンジンは氷点下10℃以下になるとかかりにくくなるのは常識で、それ以下の気温条件で始動させよう とするには特別な寒冷地対策が必要である。友好的な話し合いを通じ顧客との誤解も解け、定期点検やオーバーホール時の注意点について講義に実習を交え技術 交流を行い円満に解決した。その交流を通じ中国は日本とは異なる想像を超える非常に広域地理的条件を備えている事を実感した。
|
|
|
|
|
