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上海酷日

海

〜上海エスカルゴ〜

それが始まったのは確か月曜の午後4時を回ったくらいだった。

突然の便意、悪寒。最初はアレアレと思ったが直行トイレに駆け込んだ。少し下痢ぎみである。「風邪だな」そんな予感が頭を過ぎった。基本的に風邪を引くと胃腸に来てしまう私は安易にそんな結論を導き出した。

  しかし退勤時間になっても下痢は止まらず、とりあえず帰宅する。車の中で最近食べた物を思い出してみる。今日の朝は金曜日にローソンで買った牛乳とパンを食べただけだし、そういえば今日昼の空心菜の色が少しおかしかったかな?あと考えられるのは前日の夕食の中に何か…。そんな事を考えているとますます体調は悪化し更に熱まで出てきた。しかし今日は友人と大事なアポイントがある。もともと私が企画した会合なのでどうしても抜けるわけにいかない。もしこのままで行ったら途中で死ぬかもしれないし、倒れて緊急入院なんてことにもなるかもしれない…困った。こういう時思考は悪い方へと向かってしまう。間違っても病院のきれいな看護婦と仲良くなれるかもしれないなどと考えないのである。

  自宅で少し休憩し、日本から持参の「強力わかもと」を祈るのような気持ちで飲み、待ち合わせのホテルへ急ぐ。到着した時はすでにみな集まっており、すぐにレストランへ向かう。選菜。こんな時にメニューを選ぶのは本当に辛い。どんな料理を見ても吐き気がする。途中友人が私の体調を察して、「帰った方がいいのでは?」と勧めてくれる。油汗をかきながら「いやいや」と断る。食事が運ばれるが一度も箸を運ぶことができない。喉が渇きお茶ばかり飲んでしまう。同時にトイレである。そんな事を何度か繰り返し一時間半が経過した。そしてついにダウン。友人に理由を話し帰宅する。

そもそも、なぜそんな辛い下痢に悩まされているかといえば、日曜日の夕方、私の友人S氏(上海雑知に写真を提供してもらっている)に新しい写真のお願いとお礼を兼ねて食事会をセットしたことにある。S氏からは「KONOKさん、安くて美味い上海料理お願いしますよ」と頼まれていたので、過去に一度行ったことのある伊勢丹のすぐ近くある庶民的な家常菜(家庭料理)の店にした。日曜の午後に男だけの食事も寂しいので友人の上海小姐も参加してもらう。行きつけのお店ということなのでオーダーは彼女たちに任せる。冷菜は「枝豆の紹興酒漬け」と「田螺の塩漬け」である。この「田螺(たにし)の塩漬け」は日本の塩辛と似た味がして美味である。S氏は始めて食べたと言ってむしゃぶりついていた。料理は牛肉のさつま揚げのようなものや「冬瓜のとんこつスープ」と私もあまり食べたことのない上海家庭料理が並んだ。

そして最後に「上海エスガルゴ」が登場した。拳の半分くらいあるであろう田螺で、最初に食べた時はこんな大きな田螺がいるものかと驚いた。S氏は「これは何ですか?」としきりに聞いている。「エスカルゴですよ」と応えると「ふーん」と言って納得している。あまりに素直なのですぐに「すいません。これきっと田螺ですよ」と言い直した。上海でエスガルゴの養殖をしている話など聞いたこともないし、中国人がエスカルゴを食べる習慣があるとも聞いたことがない。

そんな話をしている間に小姐はきちんとS氏に田螺を取り分け、こういう風にたべるのよとデモンストレーションを始めた。まず楊枝二本で…そして最後に…熱々の貝をくるりとひっくる返しきちんときれいに身を取り出した。こういうデモンストレーションでまず彼女達の右に出る者はいない。私たち外国人がやってもなかなかうまく行かない。田螺の肉と豚肉のミンチが殻の中に詰まっているのを鍋の中で甘辛く煮込んである。なかなか美味い。途中、彼女が「消化が良くないから良くかんで食べなさいよ」と教えてくれる。もっと早く言ってくれればいいのに…鉄の胃の持ち主上海人でもそんなに注意する食べ物があるのだろうか?しかし既に一個半も食べている。結局一人二個の上海エスカルゴを平らげ食事会は終了した。

そしてその数十時間後にこの上海エスカルゴに苦しめられることをまだ誰も知る由もなかった。

(編集注:本稿は1998年7月に本サイトに掲載されました)


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