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■■第27回 みちしるべ(最終章)■■
~湖北省:襄樊(じょうはん)学院日本語教師の見た日々~
18年度2次隊 湖北省襄樊市 襄樊学院 日本語教師 井上洋一郎

(第3章からの続き)
<それから1年後>
「ヒアリングのテキストを貸りたい」という連絡があったのは、昨日の夜だった。
昼下がり、ぼくは大急ぎで資料室へ向かっていた。 約束の時間までまだいくらか余裕があるのに、突然「早く来てくれ」との催促の電話がかかってきたからだ。
階段に足をかけた。 「先生!!」 弾んだ声が頭上から聞こえてきた。
4年生になった彼女とは、最近ほとんど顔を合わせることがない。軽く手をあげた。自然と笑みがこぼれた。
「こっちに来てください」 促されるまま、ぼくは彼女のあとについていく。(資料室は3階のはずだけど・・・?) ふと、疑問に思った。
廊下の掲示板には、数枚の用紙が貼り付けてある。彼女はそこで立ち止まった。振り返って口を開く。
「先生、私、今回の奨励金2位だったんです!!」
意外なセリフが飛び出した。面食らったせいで、反応がワンテンポ遅れた。
「・・・そう? ・・・そうなんだ!? 良かったねえ~!!!」半信半疑だったのが、あふれる喜びへと変わってゆく。
(・・・そうか。もう、そんな時期になったのか。) 1年前、悲嘆に暮れていた彼女の姿は、今でも胸に焼き付いている。その彼女が、今年はついに奨励金を手にしたのだ。 罪悪感に苛まされたことを思い出し、我がことのように嬉しくなった。彼女もきっと、その時のことが強く印象に残っていたのだろう。だからこそ、誰よりも早くぼくをここに連れてきたかったのだ。 「本当に、ありがとうございます!」 彼女は急に改まると、そういって深々と頭を下げた。「えっ? 何が?」軽く困惑した。礼を言われる筋合いがない。
「私の作文の点数が、クラスで1番だったんです!!」
(ああ・・・そういうことか) ぼくは納得した。前学期、作文の授業はぼくが担当していたのだ。苦笑いしながら答えた。
「先生はなんにもしてませんよ。みんな、あなたが頑張った結果じゃないですか。作文だけじゃなくて、他の教科も良く出来ているし。だから奨励金ももらえたんですよ。これは、あなたの努力の成果なんですよ」
心からそう思う。一外国人のぼくができることは、実直に、「自分が正しいと思える」評価を下すことだけだ。
「公正さ」とは、時に厄介で、周囲の人間を傷つけることがある。けれど、それが「正しい道」だと信じ、傷つくことを恐れず切り開いていけば、いつかはその道も、なんらかのゴールにたどり着くのかもしれない。そこはきっと、そんなに悪いもんじゃあないはずだ。
「ありがとうございました」 彼女は再び頭を下げた。「今度、先生にご馳走しますね」 ぴょこんと頭を上げると、いたずらっぽく笑った。
「そうですか。でも、ザリガニ以外でお願いしますよ」 冗談めかして、ぼくも笑った。
1年前、彼女の心を穿った点は、今、確かな道標として、ぼくたちの行く手を照らしている。 (完)
(2009年4月)
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