最終回 「涙!!帰国」

 学生・主婦・母と三役をこなしつつ、楽しんだ中国での生活も暫く離れることになりました。バタバタと、自分の計画を途中で変更・断念せざるを得ない状況なので仕方ありませんが、多くの良き友人にめぐり合えたことが私の何よりの成果であったのではないかと思います。

 そんな友人たちが、ドラゴンと私のためにパーティーを開いてくれました。朝一番で部屋を出なくてはいけない私たちの為に掃除やら手伝ってくれるという目的もあり、私たちの部屋でパーティーを開いてくれることになりました。幹事は、古株()であるMくんと、ドラゴンの良き友人でもある点心職人希望のYくん。

トランクに荷物を詰めきっていない私。部屋も片しきれていない私。外でパーティーなんてことになったら・・・それこそ、大変でした。そこまで、考慮してくれて本当にありがたいです。

 

夕方まで少し時間があるので暫く戻れないからと学校内を歩いていると、私たちが帰国することを聞きつけた、ドラゴンのクラスメイトとママたちに会いました。私たちの為に夕食会を開いてくれると・・・先約と荷物が整理できていないことをつげ、次に来たら必ず遊びに行くことを約束して別れをおしみました。お世話になった人たちに、挨拶をしようと急ぎ足でまわりました。はじめて中国に来たとき住んでいたホテルのみんな。会いに行くと、涙ぐんで別れをおしんでくれました。門番のお兄さんたちは、ドラゴンのことを弟のように思っていてくれたらしく、残念がってくれました。いつも元気をくれて中国語の練習相手になってくれた、売店の叔母ちゃん。別れる時に急でなにもないからと、大事にしていた人形をくれました。いきつけのレストランの前でウエイトレスにも遭遇。帰国することをつたえると、またきたら、食べに来てねと涙ぐんでくれて。自分が思っていた以上に、大事に思ってくれていた現地の人たちに本当に感謝です。

都心にすんでいたこともあり、なんだか、便利さと人間くささから少し遠のいていたわたしにとって、この人間関係は、とてもとても嬉しいものでした。ちょっと大げさですが、忘れそうになっていたものを取り戻せた感じ。大切にしなくては、いけないと改めて思ったこと。かけがいのないものをみつめなおすことが出来ました。

そして、部屋に戻り、荷物をつめていると、幹事登場!!そろそろ、パーティーの始まりです。

パーティーには、本当に多くの友人が駆けつけてくれ、びっくりしました。今夜10時のバスに乗って、桂林に行く予定だったみんな。明日も、早朝から仕事の入っていたSさん。フーシャン相手になってくれた中国人学生の二人。留学生のみんな。朝まで付き合ってくれたみんな。ドラゴンと遊んでくれたみんな。サッカーの仲間たち。ママさん友達。部屋から、人があふれていました。本当にありがとう!!泣きそうなのをこらえるので精一杯でした。

特に親しくしてもらった人たちからは、「今泣かずして、いつなくー?MINAさんが泣いたのみたことないから、ないてくれー」といわれ・・・ナクモンカー!!と意固地になっていたところもありましたが、涙をみせずになんとか持ちこたえました。年齢は、ばらばらでも、ともに勉強したり、飲みに行ったり、遊んだり。相談に乗ったり、のってもらったり。利害関係のない友人として付き合えたことに感謝。

入れ替わり立ち代り、いろんな友人が訪ねてくれて、一人一人とは長く話すことが出来なかったけど、本当に嬉しかったです。

 

滞在中もあまり話す機会がなかったのに、これから話したいとおもっていたのにーと言って来てくれた子、親子留学なんて、どんな人なんだーって思ってたんですと興味津々だった子・・・・あまり時間がさけなかったけど、帰国してからも、一度であった人たちは一生知っているわけだから、これから宜しくお願いいたします。と変な挨拶をかわし・・・あっという間に夜中になってしまいました。

寮に住む子達は、お湯が出なくなってしまったり、ちょっと離れていたりするので早めに帰宅。でもそれでも、朝までいてくれた人たちもいました。

大多数の友人たちが帰り、残った人たちは、みんなで部屋の片付けと、私の荷物整理。預かってくれる荷物の手配などなど・・・本当に助かりました。

そのみんなとはテーブルを囲み、足とか手を、大量にやってくる蚊に血を提供しつつも、飲み語り、朝まで一緒に語り合いました。

一瞬、ドラゴンとの別れが寂しくて、眠るドラゴンに添い寝してしまう人もいましたけどね()

 

必ず、またあおう!!ということで朝をむかえました。

さあ、もう、飛行場に行く時間です。

Yくんが、門にタクシーをひろいにいってくれました。私は、ただドラゴンを抱えタクシーに乗るだけです。部屋の後片付けと鍵を返すことなどは、みんながやってくれることになりました。本当に本当にありがとう!!

みんなから、もらったカード、一生大切にします!!(しています。)

タクシーに乗ってからも、追いかけて、別れをドラマティックに締めくくってくれたみんな!!最高です!!

子供を連れての留学など、もってのほかと思っている旦那様が多い中、良き理解者であり応援者である主人に心から感謝します。これも、理解ある家族のおかげです。

そして今、無謀だといわれ、無理だといわれても、お前なら大丈夫、出来る、ガンバレー、楽しめー、それは、きっといいことだといってくれた人と自分でも信じて留学して本当に良かったです。

半年程度では、たいした語学力がついたわけではないですが、ニーハオもままならなかった夏と中国人の友人もでき、話も出来る今とでは、断然、今の自分が大好きです。

子連れでなくては、きっとこんなに中国を好きになっていなかったかもしれません。

現地の人たちは、食事のとき、バスに乗っているとき、生活しているとき。いつも暖かく迎えてくれました。たしかに、顔なじみになるまでは、遠めで観察しているようなところがありますが、一度仲良くなってしまうと、家族のように接してくれ、心配してくれ、泣いてくれる温かい心にふれました。

子供が元気に走り回り、笑い、泣くことを、自然に受け入れてくれる場所は、私に笑顔をくれました。

私は日本で、大人が多く集まるところに、子供を連れていくことは、負担でストレスを感じます。私と同じように感じている母親はとても多いのではないでしょうか?でも、みんな昔は子供だったし、騒ぎ、泣き、笑うことは、豊かなことではないのでしょうか?小さい子供がいるときこそ、たまには外食をして、ゆっくり食事をしたいと思うのに、大きくなるまでは、周りに迷惑をかけてしまうから・・・と考えてしまいます。

でもそうじゃない国()もあるんですね!!

私にとって親子留学は、花丸!!でした。これからの人生、ますます楽しくなりそうです。

ここで、出会うことが出来た皆が、将来どんな人になっていくのかも、私の楽しみの一つとなりました。

出会うことが出来た、一人一人の方へ、この場を借りて「ありがとう!!そして、これからも宜しく!!」

空港まで、送ってもらいました。帰国する人たちは、みな口にマスク。物々しい感じです。帰りの便は、満席状態。早く決断してよかった。荷物の重さは・・・・20kgこえてるなあ。ふたりで、40kgもこえてるだろうな。いったいいくらとられるのやら。とにかく、搭乗手続き開始の時間になり、友人に別れをつげ、カートをおし・・・ここからは、ロンと二人頑張ります。ロンは、朝早いというのに、パパにもうすぐ会えるんだ!!という喜びと、飛行機に載れる喜びで興奮状態です。起きてくれて本当に良かった。

「ばいばーい、ばいばーい」とてをふり、いざ、出陣。いつもよりも多くの人をさばいているので、チェックインに時間がかかり、離陸時間がせまってきます。なのに、私たちはまだ、列に並び、まだかまだかとまちます。どうやら、後ろの人たちも同じ飛行機らしいので、一安心。カウンターで、荷物を図ると・・・全部で、60kgもある。追加料金にどきどきしてると、時間も時間なのと、二人いて、高いチケットというのと、カウンターの人がいいひとで、おおめにみてくれました。ラッキー。

急いで、飛行機へ向かいます。はぐれないようにロンをおぶって、手には荷物山盛り・・・肩いたい。すると、空港のスタッフがやってきた・・・手伝ってくれるのか?と思いきや。。。手荷物重すぎるみたいだ、あずけなさい!!といいにきた・・・看板を指差し、xxkgまで。といっている。時間ないのにー・・・というが、聞く耳持たず。また、カウンターへもどり、説明。すると、お兄さん・・・無理無理。・・・さっきもオーバーしてたでしょ。そして、なきそうな顔でいる私をみて、チケットをみて、文句を言ったにスタッフをよんでくれた。この子は、子連れで2人分だから、通してあげて。時間もないし、いいよいよ。あー、なんていい人なんだ。私達もついている。そのまま、飛行機にのせてくれました。ありがたい。席に着くや否や、緊張がゆるみ、ロンも私も、ダウン。バクスイ。食事まで、起きませんでした。そして、食事をした後も、バクスイ。日本は、とても近く感じました。無事、日本到着。

子連れ、大荷物、まだねむい私たちは、ゆーっくり飛行機を降りたのでした。

そして、荷物をとりに行く途中!!

なんと、TVの取材をうけました。SARS・・・すっぴんだったのと、ロンはまだ、パジャマのままだったことを後悔したのは、夕方のニュース(私は、みてないのですが)全国放送!!を偶然見た日本の友人たちから電話とメールで知らされたときでした。時すでにおそし。

最後まで、話題の尽きない留学となりました。

 

長期にわたっての連載、ありがとうございました。連載を楽しみにしていてくれた皆さん本当にありがとうございました。

 

               おわり

 

   現在のロンは、日本の保育園に通い元気にしております。中国では、エリート幼稚園で、英語と普通語、広東語そして絵の勉強と勉強三昧だったのですが、今は1日何時間も体を使って遊んでいます。保育園に入りたての頃は、中国の幼稚園との教育のあり方の違いに本人もとまどい、私も先生方に何度となく注意と質問をうけました。

まだ、日本語も習得途中の年齢でもどってきたので、言葉の面では他のこと大差ありませんでした。

がしかし、体力は・・・・差が出てしまいました。中国で運動特訓クラスにいれば、もしかするとセーフだったのかもしれません。しかし、語学特訓クラスだったので体力なさすぎと判断されました。おれかげで、休みの日も鍛えるため、家族で散歩し体力をつけました。

食事のマナー。テーブルに、ゴミを吐き出してしまい・・・大変でした。

でも、今では全て問題なく、順応しているので子供はすごいです。順応していくのと比例して、中国語を忘れていくのは止められませんが・・・

そして、現在の私は、中国で見せられた中国茶を扱う仕事をしながら、茶芸師の資格を取るべく勉強中です。

 


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